カテゴリー別アーカイブ: 私のストーリー

farewell! 私の過去の話

会社でお世話になった方々に退職のメールを出したら、返事が予想外に来て驚いています。
もうあまり音信不通な感じになっていた人とかからも連絡があって、Facebookの友達が増えました。

computer room

特に現場にいた頃は、仕事は厳しくて大変だったけど、プロジェクトが同じ人は共に困難をくぐり抜け、戦友のような結束がありました。
私は体力的に、もうあんなに働くことはできないでしょう。

家に帰る時間がもったいないから、職場の近くにホテルを取ってもらって深夜まで残業や徹夜をしたこともありました。
タクシーチケットもちり紙のように使っていました。
ITバブルが華やかなりし日の話です。

業界はお金はあっても、深刻な人手不足。一人で何人分も働きました。
私の貯蓄はあっという間に大台を超えました。使う時間がありませんでしたから。

少しでも止めたら新聞沙汰になる重要なシステムとずっと関わっていくうちに、
私の緊張感もどこかで振り切れました。

結婚を機に、現場から社内の部門に仕事を変えてもらいましたが、
なんだかだるくて会社に行きづらく朝が起きられなくなり、気づいたらうつ状態に。
重い腰を上げてメンタルクリニックの扉をたたきました。

そこで最初はうつ病と診断されて、生まれて初めて精神病の判定を受けました。
実は統合失調症だったので、うつ病の薬はあまり効かずに、その後陽性症状が起こり、入院沙汰になります。

私は最初から遺伝子としては統合失調症になる因子をたくさん持っていたことと思いますが、
運良く、社会人を長く勤めてからの発病となりました。

ひょっとすると、そんなに激しく働かなかったら、一生発病することもなかったかもしれませんが、
あの世界を見られたのは私にとって大きな収穫でした。

一文字でもプログラムが間違っていたら、一手順でも操作ミスがあったら、多くの人に迷惑が掛かってしまう。
そういう緊張感を持った職場。私は好きでした。

でも、その世界とはもうおさらばです。

社会インフラのすぐ裏には同じ人間がいて多大な努力を必死で続けている。
そのことに感謝しながら生活していきたいです。

「なかのひと」はあまり表に出て来ませんが、血も涙もある「人間」なのです。

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治らない病気を受け入れるために私が考えたこと

統合失調症は治らない病気と言われています。
後天的な病気なので、病気以前の「元気なときの私」が存在します。

つまり、一生最後まで、「元気なときの私」にはならず、病気とのお付き合いが続きます。

このことを、よーく考えてみます。

まず、私はすぐには死なない病気です。人にも感染しません。
手足や動作に支障のない病気です。旅行とか行けます。
知能にも支障のない病気です。自分でものごとを考えられます。

… で、できなくなったことは何ですか?

物が覚えにくくてすぐ忘れてしまいます。
順序立てた考えを頭の中で組み立てることが苦手です。
一日中眠くて寝てしまうときがあり、生活リズムが整いません。

… えっと、それって、死ぬまで「元気なときの私」が避け続けられることかな?

違いますよね。
人間は誰しも年を取ったら、人の手助け無しには暮らせません。

私は、自分が、誰よりも早く年を取った経験ができていると思うようにしています。
しかも徐々にでは無く急速に。

だから、私はできることとできないことが割と明確です。
いつの間にか数年かけてできにくくなってしまったこと、ではなくて、いきなりできなくなったことですから。

私があきらめるのは、自分ができなくなってしまった範囲だけを限定的にあきらめるだけです。
仕事も辞めずに2回も不死鳥のように復活して復職しました。
正直なところ、今の仕事もいつまで続くか分かりません。

でも、やってみる前からあきらめることなんて、何一つないのです。
できない私でも、人の2倍努力すればできるかもしれない。
私の毎朝のタイムマネジメントと起床する努力は通常の人の2倍よりはるかに多いです。
(目覚まし時計の個数も!)

人の2~3倍頑張ってみて、それでもダメだったら、それは今の自分に向いていないことです。
そこまで来たら、初めてあきらめられます。

あきらめる単位はなるべく小さくしたほうがいいです。
朝どうしても起きられずに会社には行けないから仕事をやめよう。とするのは簡単です。
でも、在宅勤務は認められないか?朝の時差出勤・フレックスタイムは認められないのか?
今の会社がだめでも、フリーランスやパートタイマーとして働けないか?

朝起きられないというだけで、仕事をすること全部をあきらめるのは早すぎます。
病気の方は、みなさん結論を出すのが早すぎるように感じます。

とにかく、「あきらめる時は極力限定的に」することをおすすめします。
人生粘り強くいきましょう。あなたに補欠はいないのですから。

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こうして私は再発した。復職後の仕事ストーリー

働くことをあきらめないメンヘラ人生 私の復職ストーリー」についてアクセス数がかなりあり、障害を持ちながらも働くことに関する皆さんの興味は高いのだと思いました。
そこで、今回は、初回の復職から再発までの道のりについて書いてみたいと思います。
またまた、長いですよ。

前回の復職以来、私はお客様プロジェクトとは直接関係の無い社内部門へと異動になりました。
そこでは、社内の施策としての知的財産の質・量の向上を推進する仕事を与えられました。
目標の知的財産登録数を向上させるために何をしたらよいのか考えて、キャンペーンやお知らせレターを作成したり、若手社員向けに日常的に知的財産を残す習慣をつけることについて講義をしたりしました。
部門同士で競争してもらうために、部門単位でのグラフの集計や、登録数上位個人の発表などの刺激策も行いました。

それとは別に、100人単位での会議の準備と運営もしました。大きなイベントを行うときには入念な準備と関係者への確実な伝達が大切です。
普段なかなかここまで大規模な会議の運営には関われていませんでしたので、とても勉強になりました。

そうこうしているうちに、最初は残業制限があった勤務措置が、残業をしてもよいという緩和をされました。
私は良い経過で、順調に回復をしていました。

翌年からは、ある社内プロジェクトのお手伝いに入ることになりました。ソフトウェア製品の品質検証の仕事です。
品質検証は、どのようなポイントで検証するかのテスト計画立案から、国外でテストした検証作業成果物の確認作業までを行いました。
検証項目は1,000項目を超えていたと思います。

間違いがあってはいけないので(医療のシステムでしたので人命に関わります)、とても慎重な作業です。
私は仕様書もよく読み込んでケースを検証しましたので、仕様を分かっていないとサンプルデータだけでは検証できない項目の発見もして、プロジェクトマネージャーから褒められたりしました。

これらの日常の業務とは別に、社内でメンタルヘルスについて勉強をする会がありましたので、参加して自分の経験をシェアしました。
特に現場のリーダーは忙しく、なかなか部下の異変に気づけない人もいるようで、実際にメンバーをうつ病にしてしまい、後悔の念から参加している人もいました。

年が変わり、私はまた別の部門に異動しました。
そこは育児休暇あけの女性社員や病気を抱えた社員の集まる部門でした。弱さ・制約を持つ人への理解はとてもある部門だと思います。
ただ、皆同じ弱さを抱えているのだから、自分だけ甘えることはできないというような思考になりがちでした。

私が調子が悪くなったのは、仕事の量も増えてきた夏の終わりごろです。
なぜだかはっきりとは分かりませんが、消化しきれないタスクが増えてきました。
また、ある仕事をするために、どのような手順で行い、誰に連絡をつけたら良いのかの判断が時間がかかるようになってきました。

求められたドキュメントの修正ができていないものを提出してしまい、注意されたこともあります。
とにかく、スムーズに仕事をするのが難しくなってしまいました。

あまりに私の仕事ができないので、指示を出す側の人も、予めブレークダウンしたタスクと期日を作って送ってくれる始末です。

そんなこんなで、私はある日職場で気分が悪くなって倒れてしまいました。
もう、全てのことがうまく理解できなくなりました。
次に何をすればいいのかも分かりません。
完全に脳がオーバーフローしていました。

医務室で休んだ後その日は帰宅し、翌日病院に駆け込んで症状を訴えると主治医は「入院しましょう」と即断してくれました。
この診断は素晴らしかったと思います。
入院中のできごとはまた別の機会に書きます。

私は入院決定前日まで仕事をしており、病気の再発のサインに全く気がついていませんでした。
再発が徐々に段階的に進行していたので、気づくチャンスが無かったのです。

私は再発からの回復後にWRAP(元気行動回復プラン)という手法に出会い、再発を防止するための注意サインなどを文書化しています。
再発しなければ脳機能の損ない方はもう少しましなものだったと思いますが、再発を経験したからこそ得たものもあります。

ただ、再発はしないほうがいいです。
本当に頭がばかになります。
もう今の脳ではできなくなったことが色々とあり正直悔しいです。

プログラミングとか好きだったのに、今は脳内にそんなにたくさんの関数や変数をいっぺんに記憶しておくことができません。
この先、おそらく再発するごとに、もっと脳にダメージが来ると思います。

一度発病した人は、再発防止を何よりも気にしてください。
普段できていたことができなくなってきたら、それは再発のサインです。
自分が回復してたくさん難しい仕事を任されて頼りにされているというわけではないかもしれません。

今の私はこの入院の後、またしつこくも回復して復職しています。
2回目の回復については、また別途書かせていただきます。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。

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働くことをあきらめないメンヘラ人生 私の復職ストーリー

精神病になった人の課題で最大級のものの1つが「働くこと」でしょう。
私の復職ストーリーを書いてみたので長いけど最後まで読んでみてください。

私はサラリーマン(女だけど)を10年以上やっていましたが、どうにも会社に行けなくなりました。
5年前のことです。

最初はうつ病かなと思って、割と気軽に精神科クリニックを受診しました。
その時の先生も「うつ病ですかね~」という感じで、抗うつ剤をくれました。
しかし、抗うつ薬はあまり効きませんでした。
もう、1ヶ月のうち半分くらいしか会社に行けなくなり、私は休職を選択しました。

うつ病らしきものは、何度か薬を変えてみましたが、一向に良くなりませんでした。
もう休職しているので、薬を大胆に変えても大丈夫だろうということで、ある薬が処方されました。
パキシルという薬です。

パキシルは劇薬でした。
私は統合失調症の陽性症状を発症して、妄想と幻聴幻覚が出るようになりました。

その後色々あって、問題行動も起こしたため、私はついに入院することになりました。
自力ではもうわけがわからなくなっていますので、医療保護入院でした。
入院期間は3ヶ月間になりました。

退院しても、薬の副作用によるアカシジアがひどくて、何も出来ない時期もありました。
ほとんど人生が終わったような状態が、先の見通しも無く続きました。

しかし、セロクエルという薬に変えてから、徐々に調子が良くなってきました。
精神疾患の薬はどれが効くかは本当に人によって違います。
女性が自分の肌質にあった化粧水にたどりつくまでに、何度も変えてみるのと同じく、
薬も自分の体で人体実験をするしかありません。
(しっとりとさっぱりと敏感肌みたいな目安があれば良いのですが。)

調子が上向いてきた私は、復職への道を決意しました。
急変し入院してから約1年が経っていました。

回復のために私がしたことは幾つかあります。
まず、図書館で本を読めるように特訓しました。最初はやさしい短編集から入りました。
こころのチキンスープ」というシリーズには本当にお世話になりました。
1つ1つのお話は短いですが、心に響くものがあり、回復期におすすめです。

体力をつけるためには、フィットネスジムに入会しました。
そして、通勤できるようになるために、毎日のように美術館や博物館に電車で出かけていきました。
東京都ではぐるっとパスという美術館や博物館が無料もしくは割引で入場できるパスがありますので、それを使いました。
元を取ったどころか、スタンプラリーはかなりの制覇ぶりでした。

その時は元の職場に戻ることしか考えていなくて、それはフルタイムで働くことでした。
つまり、毎日1時間くらいの通勤をして、朝から夕方まで集中して仕事ができなくてはなりません。
ハードルとしては高かったと思うのですが、当時の私には不思議とできるような気がしていました。
陽性症状の時の異常なセルフエスティームの高さ・万能感を引きずっていたのかもしれません。

会社は復職に際して最大限の配慮をしてくれました。
はじめは簡単な仕事から、徐々に独走できるような仕事へと。
私の会社はうつ病率が普通の何倍も高い悪名高きIT(コンピュータ)業界に属しています。
休職者・復職者の数もかなりの数にのぼっていたものと思われ、ノウハウは蓄積されていました。

会社には私と同時期に復職した仲間が複数名いました。
しかし、半年以内に半数が退職してしまいました。

退職した人に共通するのが「元の現場に戻った」という点です。
元の職場に戻ると、どうしても元気なときの自分と同じだけ同じ事を頑張ろうとしてしまいます。
もうできなくなっていることがあるかもしれないのに。
まだ松葉杖なのに全力疾走をするようなものです。

私は運良く、休職前の部署が休職中に発展的解散をしてしまっていました。
つまり、同じメンバーで同じ仕事をする機会はもうなかったのです。
これは大きかったと思います。

私は新しい部署で自分にとってできることを出来る範囲で頑張れば良かったのです。
もう一度新入社員に戻ったかのようでした。
もちろん、今までの仕事の経験はありますので、スキルが全く新人レベルになったわけではありません。

仕事において、自分なりの工夫もしました。(そのうち別に書きます)
仕事術の本も読むようになりました。

毎日少しずつ欲張らずに私は仕事をしました。
途中で、全然手に付かなくなって、締め切りを守れなかったこともあります。
失敗はたくさんしましたし、迷惑もかけたと思います。

でも、失敗をしない完璧な人なんて、健常者でもなかなかいません。
復職や回復時に失敗をすることをおそれていては始まらないです。
自分が失敗した分は、他の人の時にカバーしたり許したりすれば良いと思います。

とにかく、あきらめないことが肝心です。
病気で人生の全てをあきらめるなど、もったいないことです。
あきらめるのは限定したどうしてもできないことだけに絞り最小限にすべきです。

私は復職しましたが、約1年後にまた調子を崩して休職しています。
今は2回目の復職に挑戦しているところです。あきらめ悪いですから。

2回目の回復の話はまた今度いたします。
最後までお読みいただきありがとうございました。

【追記】続きはこちらです。
こうして私は再発した。復職後の仕事ストーリー | マージナルウーマンのライフ&ハックス

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私の初回入院顛末記(ちょっと小説風)

私は初回入院エピソードを昔別のブログで書いていました。

こちらにてまとめて読むことができます。
チューリップ黄 入院第01週 – 「統合失調症患者のクワイエットルーム体験記」まとめ読み

当時のブログ連載時にはたくさんコメントをいただき、
自分の経験を伝えることは意味があるのだなと思いました。

だって、精神病棟って面白いもんね!
自分も結構やらかしちゃっていますが。

入院を後ろめたい暗い過去としてとらえるのではなく、
貴重な人生経験だととらえる方が良いと思います。

↑これはクモ膜下出血の方の入院の体験記でユーモアもあり楽しい本です。
Amazonマーケットプレイス(古本)では300円。

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